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>「21世紀の成長企業」
清成忠男氏
中小企業の連合体によって、日本全体の雇用と経済成長を実現しようと長年研究して来た人物であり、「ベンチャー・ビジネス」という言葉・概念を世に送り出したことでも知られる。

中小企業読本 (読本シリーズ)

従来、中小企業は大企業に搾取されるミゼラブルな存在というマルクス主義的な見方が多く、また昨今はベンチャービジネスブームのなかで中小企業を実力以上に誉め殺しする風潮のなかで、中小企業の現状と問題点、将来展望などが分かりやすい言葉で語られています。中小企業に関心がある方(学生、実務家、コンサルタント、金融機関職員など)の入門書としてはベストの本です。とりわけ今後の中小企業政策の部分は興味深く読みました。
- レビューより -

財団法人 りそな中小企業振興財団 HP
http://www.resona-fdn.or.jp/

http://www.resona-fdn.or.jp/main/jigyou/kouenroku_020614b.html#top
http://www.resona-fdn.or.jp/main/jigyou/kouenroku_020614a.html
より転載。

「21世紀の成長企業」

          講師 清成 忠男氏 法政大学総長・理事長

要約:Abstract

 近年、中国の技術集積は、単純な生産技術だけでなく、開発拠点さえ取り込みつつある。
 21世紀の日本の産業は、こうした世界的状況を踏まえて、工業社会から知識社会へ移行することが求められる。
 物的資源に替えて、知的資産が主要な社会資源と捉えられる社会が到来した。
 インターネットに代表される情報技術の革新は、形式知の流通を容易にすると共に、間接的に暗黙知の伝達をも手助けしている。文部科学省・経済産業省のクラスター政策もこれを後押しするものである。ネットワーク社会の到来を背景に、コアコンピタンスを持つ中小企業はアウトソーシングやアライアンスによって、大企業に伍して経営をすることが可能となった。
 大企業の手掛ける新規事業は、往々にしてパイオニアたる中小企業の後追いであり、大組織の物量作戦をもってしても、尚、中小企業のパイオニアたる気概に勝ることは難しい。機動力ある中小企業の活躍が、既存の大企業優位・規模の優位から改革のスピードへとパラダイムシフトを引き起こしている。
 ヨーロッパでは、ファミリービジネスが脚光を浴びている。古くて新しい経営形態であるが、中小企業経営の注目すべき現象である。
 この産業構造の転換期、20世紀の負の遺産・循環型社会を志向する中に、材料・エネルギーなど多様なビジネスチャンスがある。
 産学官連携で、新規事業の起業促進がさまざまに図られているが、シーズオリエンテッドな考え方の陥穽に落ちないよう注意を要する。ニーズオリエンテッドな発想でなければ市場に受け入れられない。
 ソニーの工場を買収したソレクトロンのEMS(エレクトロニック・マニュファクチャリング・サービス)など、新しいビジネスチャンスには新しいビジネスモデルが求められる。
 大学経営は、少子化、国立大学の法人化と今までになく競争が激化している。法政大学は、ベンチャーキャピタル・単科医大との連携、シリコンバレーにアメリカ研究所を設立するなどネットワークを組織してゆく。大学本部にも旧来の職員とは違う異能の人材を中途採用している。
 現代は転換期との認識をもとに、常に対策を検討し、講じることが経営に求められている。それが21世紀の成長企業の条件である。
                                     以 上


本文内容



 法政大学の清成です。「21世紀の成長企業」という大きなテーマを掲げましたが、今日御出席の方々のプロフィールを拝見しましたら、多種多様です。したがって共通にお役に立つことを申し上げにくいのですが、最近、私が経験しているところから少しお話をしたいと思います。
 多少前置き的に申しますが、昨年の暮れから、私は4回ほど中小企業を対象とした表彰事業の審査員を務めました。趣旨だとか目的は若干違います。対象も違いますが、共通して言えるのは優良中小企業、不況に全く関係ないという企業が目立ちます。増収・増益で、高収益の企業が少なくない。不況であるにもかかわらず、そういう企業の存在があるわけです。
 1つの例を申しますと、信用金庫の取引先です。東京都信用金庫協会は信用金庫の取引先の経営者を対象に、プライベート年金という制度を持っています。そこの基金の果実を使って何か事業をやりたいと15年ぐらい前に相談を受けまして、私は「優良中小企業の表彰をやったらどうか」と言いました。
 15年間にわたって2000社ぐらい表彰をしたのですが、これは1つの信用金庫の支店で、5年に1度1社推薦してもらうというローテーションでやっています。毎年少ないときでも80社、多いときで120〜130社推薦が出てくる。
 当初、信用金庫協会ではこういう制度をつくっても、2〜3年で種が尽きるのではないかと言っていたのです。私は「そんなことはない、どんどん出てきますよ。」と言ったのですが、案の定、年々出てまいります。
 ところが、傾向はだんだん変わってきています。最初は、伝統的なタイプの優良中小企業、老舗のようなものが多かったのですが、新しいベンチャー企業がだんだん出てくるようになって、最近はそれが主流を占めるようになっています。
 ところが、今年の審査をやりましたら、業歴の長いところで第2の創業のような形で、長い間蓄積してきた技術を新しく活かすような新事業の展開が、非常に目立っています。帝国データバンクの調査では、業歴30年以上のところで倒産が多いというのですが、東京都信用金庫協会の表彰では、逆に業歴40年以上の高業績の企業が目立ったのです。
 21世紀の中小企業といっても、別に新規にどんどん出てくるベンチャーばかりではなくて、既存の中小企業の技術蓄積をもとにして、また、新規事業の展開ということも非常に有望だと思ったのです。
 それと、もう1つ前置きで申し上げたいのは、私は仕事の関係上、最近、中国に行くことが多いのです。これは1つには、中国の大学で、特に技術系で最も水準が高いと言われる上海交通大学と提携していまして、その関係でよく上海に行きます。
 それからもう1つは、北京大学と提携しており、北京に行きます。北京には中関村地域というのがあって、北京大学の近くですが、ハイテク企業が集積しています。北京のシリコンバレーと言われるのですが、ここを5〜6年にわたってずっと追跡しています。
 台湾ともいろいろ交流していますので、台湾の台北から新竹(シンチク)に至る集積も見ていますが、最近では中国の3大地域を追跡しています。1つは北京から天津に至る地域です。もう1つは、江蘇(コウソ)省、上海、浙江(セッコウ)省ですが、長江のデルタ地帯です。それからもう1つが、香港と珠江のデルタ地帯です。この3つを比較しながら見る機会があります。
 昨年は、ODA(政府開発援助)ということで、日本が中小企業に対する支援で、そろそろソフト面の支援もしてほしい、政策等について提言をしてほしいということもありました。
 また、中国は中小企業促進法という法律を制定しているのですが、その立法過程でいろいろ知恵を貸せということで、向こうでいろいろなレクチャーをしたものですから、現場を見せてもらう機会も結構あったわけです。
 中国に生産機能がどんどん移転しているというだけではなくて、最近では既に開発機能にまで一部入ってきています。特に、中国市場を対象にする場合、日本企業は既に中国に開発拠点を移してしまっている。
 そういうことで、北京から天津というところは、どちらかというとソフト系ですが、長江デルタ地帯というのは、内需と輸出と両方睨んで展開しています。それから、珠江デルタ地帯は専ら輸出ということで、タイプが違うわけです。また、集積がかなり厚くなっている。特に、長江デルタ地帯というのは人口が1億3千万人で、日本の人口より多いのです。
 そして、揚子江の南の蘇南地域、江蘇省の南、それから、上海、浙江省に国家級のハイテクパークもそろっています。省レベルでのハイテクパークがつながってベルト地帯になっていて、ハード、ソフトの企業が集積している。これは主として、外資系の企業を中心に開発機能まで持っていっているという状況があります。
 こうしたことを前提において、21世紀の日本ということを考えざるを得ないだろう。これまでの比較優位は、どんどん消えつつある。
 そういう意味では、日本のこれまでの大企業とか中小企業という区分けの仕方が随分問題になるという感じがします。大企業の中で、今、勝ち組、負け組がはっきりしてきています。中小企業の中でも同様です。大企業だから勝ち残るとか、中小企業だから駄目だということでは全くないと思います。
 それで、今日最初に申し上げたいのは、21世紀というのは工業社会から知識社会へ移行するということで、じゃあ知識社会とは一体どういう社会なのだろうかということをまず申し上げて、その次に、知識社会において、一体企業の規模というのはどういうふうになっていくのだろうかということ、さらにその次に、新しいビジネスチャンスが実は相当に広がっているのではないかということ、そして、それに対応するためのビジネスモデルが必要ではないかという順で、話を進めていきたいと思います。

知識社会の到来:
 工業社会では、有形のもの、いわゆる有形固定資産、機械設備とか土地といったものが、非常にものをいいました。したがって、資金調達も土地を担保に銀行からお金を借りるということでよかったのです。
 知識社会というのは知識が資源になるのです。ありとあらゆる資源の中で、無形の知識が最も重要な資源だ、そういう社会が知識社会です。知識が資源になるという話は、60年代からドラッカーなどが言い続けています。
 そういうことがずっと進んできたわけで、決定的に重要な資源は知識である、それを担っているのは人だという社会に明らかになってきた。そこで、大学なども、構造不況業種なのですが、知識社会になったら巻き返せるのではないかということになります。
 18歳人口がどんどん減っています。今月の「選択」という雑誌を見ますと、入学定員を割っている、つまり、現に在学している学生が入学定員を大きく割っている私立大学のリストが載っています。私学の関係者はこれを見てみんな青くなっているのですが、脱落しそうなところが3分の1ぐらいあるということです。
 ですから、大学の世界というのは大変な構造不況だということと、国立大学も法人化されて、設置形態を越えた競争が始まります。
 しかし、逆に知識社会ということになってくると、大学は知識の創造拠点になり得るのではないか。もしそうでなければ、つぶれるしかない。いろいろな大学が手を打とうとしています。
 先日、私は北九州市に呼ばれて行ったのですが、北九州では「知的クラスター」という、大学をコアにして産学官が連携して集積をつくるという、文部科学省の新しい政策の対象になっています。
 たまたま地域選定とかいろいろ選定基準をつくる委員会の委員をやっていますので、見て欲しいと言うので行ったのですが、早稲田大学が大学院をそこに出すということです。北九州市立大学は理工系の学部をつくる。それから、九州工業大学はそこで大学院を展開する。福岡大学もそこに大学院を展開する。そこに企業がどんどん集まるということで、同時に、これは経済産業省の産業のクラスターにも指定されていて、今、文部科学省と経済産業省が枠を越えて政策を結び付けようとしています。
 文部科学省の政策は、いかに産学連携してシーズをつくるか。事業でのインキュベーションという段階は経済産業省の政策であろうというわけです。
 そして、東京にある早稲田が、勝ち残るために、あえてそこで大学院をつくって来年からスタートするのです。慶応義塾大学は山形県に研究所をつくるとかいろいろあります。
 それで、私どももいろいろ考えたのです。世界で一番の知的クラスターというのはどこだろう。やはりシリコンバレーだろうというわけです。それで、シリコンバレーに研究所をつくったのです。そして、すぐ連邦政府の学校法人の認可を取って、教育研究をできる体制にしまして、企業との共同研究をスタートさせたところです。ITだけではなくて、生命科学とかいろいろな分野を展望してみると、一番の集積はやはりシリコンバレーだということです。
 しかし、そういうところに出ていって、研究とか教育をやろうという大学はまだないようです。そうしますと、今度は私どもの研究所にアメリカの大学とか企業が非常に関心を持って来てくれますし、日本の企業もしばしば寄ってくれるのです。特に、中企業とか中堅企業の方々とは一緒に仕事ができるのではないかという感じを持っています。
 一方では、中国を初めとする東アジアとのかかわりで空洞化が起こっている。そうすると、どうしても日本の中小企業というのは、知識の創造と応用で問題解決を図っていくというタイプでない限り、残れないと思います。
 今日御出席の45社を見ていますと、3分の2ぐらいが明らかに開発型の企業。それからあと、知的サービス業と言えるような企業。さらに、特殊な加工技術を活かしていく、加工から開発へということに多分なるのだろうと思いますが、そういう企業ばかりだということで、やはり21世紀を予感させると思っている次第です。
 さて、知識、知識と先ほどから言っていますが、最近、ナレッジマネジメントとしきりに言われます。一体これは何なのだろうかというわけです。他方では、インターネット時代になったら、情報はどこからでも入る。だから、企業の立地はどこだって同じではないかという議論があります。
 本当にそうなのだろうか。もしそうだとするならば、なぜシリコンバレーに人が集まるのか。日本に知的クラスターというのを、文部科学省では大体10か所指定して、そのうち4〜5か所というのは多分軌道に乗ると思うのです。
 例えば、京都、京阪奈の学園都市とか、大阪、神戸、北九州というところです。もう既に一定の集積がありますし、大学がきちんとしているということも考えられます。
 しかし、インターネット時代、どこにいても空間的な制約から解放されて情報が入るならば、何も1か所に集まる必要はないわけです。このクラスターというのはブドウの房という意味で、ブドウの房のようにたくさん点が集まって面になるということです。
 シリコンバレーのe−mailの受発信の中で、6割がシリコンバレーの中だというのです。だから、別にいつも顔を合わせている必要はないのです。必要があればすぐ会えるという位置にあることが大事です。
 よくよく考えてみると、インターネットで流れる情報というのは、形式化される情報ということです。つまり、言語、数式、図形とか形式にできる、客観化できる情報というのはインターネットで流れるわけです。それでも隠しておきたいものは絶対流さないわけです。ましてや、形式化できない知識というのはあるのですが、これは絶対にインターネットでは流れません。
 マイケル・ポラニーという人は天才的な化学者で、ノーベル化学賞の受賞候補になったにもかかわらず、、化学をやめて晩年哲学者になった人です。この人が知識を形式知と暗黙知と2つに分けています。形式化できるのが形式知。しかし、どうしても形式化できないものがある。人間の頭の中には言葉で表現できないものがたくさんあるということです。むしろ、そういうものが非常に重要です。
 暗黙知ということに着目して、日本の哲学者の中村雄二郎という人は、「臨床の知」ということを言っています。これは何かと言うと、医者が患者を診る場合に、当然大学で習った形式知というのは頭の中にあるわけです。要するに理論です。基礎的な生理学を初めとする病理学。大学ではさまざまのことを教えられるわけです。だから、そういう理論として頭の中に入ってくる。つまり、形式知というのがあり、それで患者を診るわけです。
 しかし、臨床というのはやはり経験知がものを言うのです。診断の間違いとかいろいろあるわけです。それでだんだん臨床の知というのが形成されていくわけで、名医というのはそういうものです。
 だから、経験知とこの形式知が結び付いて、つまり、理論を現場で見るときに、いわゆるインテリジェンスというセンスでもって見ていくわけで、そうやって形成されてきた知が臨床の知と、中村雄二郎という人は言っています。
 中村雄二郎さんは、近代科学では、自然科学も社会科学も相当精緻になっていると言います。精緻になっていて、みんながそれを信奉するというのは客観性がある。つまり、体系性があるということです。非常に説得力がある。
 しかし、そういうものと現場を見るとずれがかなりあるというわけです。このずれを埋めるのが臨床の知だと言うのです。それはしばしば暗黙知という形で客観化できない、だから、インターネットで絶対流せないということになるわけです。おそらく、企業の現場で形成された経験知というものも、全く臨床の知に近いものだろうと私は思うのです。
 ノーベル賞を取ったハイエクという経済学者がいますが、生きていますともう100を超えている方ですが、この人が、「経済活動の上で重要な知識というのは2つある」と言っています。1つは理論的な知識だと言うわけです。
 しかし、それよりももっと重要なのは、現場で経済活動を行っていて、その現場で生まれてくる知識だと言うのです。それを「オン・ザ・スポット」の知識と言っていて、「その場の知識」、その場の情報というのでしょうか。場所と時がもう特定されている。一定の状況の中で生まれてきたものだというのです。
 しかし、それだけではもちろん駄目で、それを最初のほうの理論的な知識、形式化できるものと組み合わせていく。分析するときにインテリジェンスということが非常に問題になる。そういう作業をしていて新しい知を生み出すということだと思うのです。
 今日御参加の方々の企業のプロフィールを見ていましても、そういう理論知と経験知の橋渡しといったような、むしろ新しい知能、創造というのが大変目につくわけですが、多分これからの知識社会というのはそういう知識の創造と応用が非常に重要になるという感じがします。
 そういう社会が知識社会だとすると、産学共同が重要になってくる。大学のほうはどんどん現場のほうに出ていかざるを得ないし、企業は新しい学問に接するだろう。産学共同が非常に重要になるだろう。クラスターということが言われるわけです。
 先ほど少し言いました北京の中関村というのは、中国における最大の知的クラスターだと思うのです。要するに、大学から飛び出した技術です。教授が会社を起こして、それにベンチャーキャピタルが投資をする。ナスダックで株式を公開するものがもう出ている。
 中国の場合、大学は全部国立大学だったのです。今は私立大学がどんどん生まれていますが、財政面で国立大学というのは国からだんだんお金がもらえなくなった。今は4割ぐらいは自分で稼げと言われている。しかし、稼げと言われても稼ぎようがない。したがって、大学が開発した技術を企業に移転するとか、あるいは大学発のベンチャーをやらざるを得ないことになる。そういう意味で、大学発ベンチャーというのは、日本よりもかえって中国のほうが進んでいる。
 その場合、やはりモデルになっているのがシリコンバレーです。スタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校、もちろんそれだけではなくて、サンフランシスコ・ステート・ユニバーシティとか、あるいはカリフォルニア・ステート・ユニバーシティのサンノゼ、さらにヘイワード、あるいは、私立のサンタクララ・ユニバーシティとかいろいろな大学があるのです。ビジネスと教育研究が非常に密接にかかわっている。
 世界中でこういう現象に着目して、クラスターをつくろうという動きがある。例えば、ドイツにおいてもいろいろな地域でこういう試みが進められていますし、あるいはイギリス、フランスでもそうです。
 そういう意味では、先進諸国はみんな生産機能の流出ということから、産業界が持っている機能の高度化を考えている。高度化というのは、知識の経済資源化にどう対応するかという問題であると思うのです。  先ほどのナレッジマネジメントというのも、社員が知識を共有しようというところから始まるわけですが、共有するためには、客観化しなければならない。先ほどの暗黙知をどんどん形式化しなければならない。
 しかし、どうしても形式化できないものが次々に生まれてくるわけでして、そういう意味では、ナレッジマネジメントというのは、人をどうマネジメントするかという話に最後は尽きてしまうだろうというわけです。
 今、インターネットの限界のような話をしたわけです。しかし、これも単純に限界ばかりかというと、そうではないのです。
 3年ほど前に、当時、山口大学の学長をしておられた広中平佑さんとある雑誌で対談をしたのです。そのときに、私は彼から非常におもしろい話を聞いたのです。
 広中さんのところに3人共著の数学論文がメールで送られきたというのです。「これを読んでみてくれ。もし、評価に値するのであれば、一流の雑誌に推薦してほしい」というわけです。しかし、広中さんはその3人の人を全然知らないのです。さらにびっくりしたのは、3人がお互いに会ったことがない。国籍が違うというのです。それは、ネット上で1人が論文を発表して、同じ分野をやっている人がそこに知恵を貸して修正したわけです。Linux(リナックス)と全く同じことなのですが、ネット上でやるわけですから、当然これは形式知の最たるものです。数学のようなものは形式知の最たるものですから、ネットを使って創造的な仕事ができることも確かです。
 それから、唐津一さんと話をしていましたら、こういうことを言われたのです。「インターネットでないと表現できないものもある」と言うわけです。「それは何かというと、3次元の世界だ。3次元は言語では絶対説明できない。しかし、インターネットではこれは表現できるのだ」というわけです。逆にそういう強みもあるわけです。

中小企業の優位:
 そこで、今日の私の話の2番目は、こういうIT時代というのは、企業の規模がどうかかわるのかということです。私は中小企業に非常に有利になるのではないかという感じを持っています。
 一昨年ですが、中小企業庁に中小企業基盤技術研究会というのができました。それは、先ほどから言っておりますような、暗黙知の世界に属する技能がどんどん日本の中小企業から消えていってしまっている。これは少なくとも基盤技術で継承させないと、日本にとって大変な損失があるというわけです。
 一体そういう技能というのは何だろうかということで、これをいろいろな角度から分析をしようということで、特に、金型のメーカーの中小企業の経営者の方4〜5人にも入って頂いたり、あるいは、大企業の、例えば、トヨタとか松下の方にも入って頂き、さらに、東大の生産技術研究所の機械工学のプロに入ってもらうとか、いろいろな方に入ってもらって議論したのです。
 そのときに、ある金型メーカーの中小企業の社長さんが、「自分のところは自動車関連でトヨタなどに納入している。新聞などを見ると、ネット時代というのは大企業に非常に有利になる。どちらかというと、系列の再編成とかといった話で、大企業に有利になることばかり書いてある」と言うのです。しかし、「あれは逆です」と言うわけです。
 「自分のところには、ビッグスリーを初めとして、世界中から照会がある」と言うのです。ホームページを見て「会いたい」と言ってくる。実際向こうからやって来るというのです。「ありがたいものですね」というわけです。
 だから、大企業と中小企業は条件が同じになるという話なのです。実はそれだけではなくて、こういうネット社会ということになってきますと、少なくとも形式化された情報というのはどんどんネットで流れるわけですし、あるいは、形式化されていないものは今の金型メーカーの例のように、世界中からあっと言う間に飛んでくるわけです。会って話をするということが昔に比べて極めて簡単になっている。そういうことからしますと、中小組織が非常に有利になってくる。
 20世紀の工業化社会には大量生産工業が発展した。組織がどうかというと、やはり典型的には大企業が形成されて、会社の中の経営内分業という形でできてくる。そして、機能別組織ということで、ピラミッド型の組織ができていく。当然命令系統もはっきりしている。これは決まりきったルーティンワークを繰り返し大量に処理する場合には、極めて効率的な組織なのです。それを続けようと思ったら、終身雇用、年功序列、そして集団主義で意思決定するといったことをやればいいわけですから、そういう意味では、日本が非常にうまくそれに適応したというわけです。
 しかし、今、こういうことが根底から崩れつつある。もちろん、こういう日本的雇用慣行には長所があったことも確かですが、今、それを維持することはできないということも明らかです。団塊の世代の人たちが全員管理職につくなどということは、日本の経済が右肩上がりでない限り不可能な話ですし、むしろ今、日本型雇用慣行というのがお荷物になっている。
 一昨年、私どもの大学でITPCという修士課程をつくったのです。これは1年制の修士課程で日本第1号なのです。ITのプロをつくろう。IT Professional Courseという修士課程をつくったのです。1年制ですが、授業料は290万円で、日本では破格に高い。これは昼間やるわけで、2年分の授業を1年に圧縮するのです。
 授業料を設定するときに、理事会ではいろいろ試算して、320万もらわないと採算に乗らない。しかし、教授会サイドは「それは無理だ。270万にしろ」と言われて、両方綱引きをやって、最後は290万で決めたのですが、それで応募してくるだろうか。志願者がいるだろうかと非常に心配になったのです。
 ところが、ふたを開けてみたら4倍です。どういう人が来るかというと、いわゆる一流と言われる大学を卒業して大企業に入った人が、大企業を退職してやって来るのです。東芝とか富士通といった会社を30歳前後の人たちが退職してやって来るのです。
 修士を取って一体どうするのということですが、会社を起こしたいという人が圧倒的に多かったのです。これは当時ITバブルということもあったわけですが、会社を起こしたいという、ITビジネスを始めたいという人が非常に多かった。
 昨年2年目を見ると、ITバブルが崩壊したにもかかわらず、志願者がやはり多い。初年度の場合には私学出身者、例えば、早稲田とか慶応出身者で大企業に入った人が多かったのですが、2年目になると、今度は東大とか京大とか北大、横浜国大、名古屋大学といった国立出身者が応募してきた。それから、法政出身者が増えた。やはり会社を起こしたいというのが非常に多い。
 明らかに日本の社会は変わり始めた。30前後の人が大企業を辞めて、そして290万という授業料を払うということ自体大変な負担になるわけで、これは一種の教育投資という考え方ですが、これが非常にはっきりしてきた。日本の社会は変わり始めた。
 終身雇用、年功序列といったものが壊れ始めたということ。つまり、大企業に見切りをつけてくる。しかも、東芝とか富士通とかいうような会社を辞めてくる。
 それから、2年目に、日経新聞のある部長さんが来てこぼしているのです。「非常に有能な部下が3月の末に辞表を出してきた」と言うのです。それで、「どうするんだ」と言ったら、「法政の大学院に入ります」と。今のITPCに入ったわけです。新聞記者が応募してきたというのは初めてだったのですが、そういう事例まで起こっている。
 今各大学は社会人対象の大学院をやっていますが、どこも盛況です。明らかに、従来の仕組みが制度疲労を起こして変わり始めている証拠で大企業の中で、経営内分業・集団主義で意思決定することは、時間もかかるわけです。こういう時代に変わって、中小企業の組織が市場を介してネットワークを形成していく、離合集散を繰り返す格好でプロジェクトに応じてネットワークを形成する、これはシリコンバレー・スタイルですが、そういうことが現実になってきたと思うのです。
 先々週ですが、私のところに電話がかかってきて、「法政の経営学部の卒業生です」というわけです。「ちょっと会っていただけないでしょうか」と言われて「じゃあすぐ会おう」ということで、来てもらった。
 というのは、その会社のことが「プレジデント」という雑誌に載っていた。それを見て知っていたので、むしろこちらも会いたいと思ったのです。
 まだ40代の方ですが、法政の経営学部を卒業してヤマハに入った人です。それで、ヤマハに10年ぐらいいて、バイク関連の部品を扱う流通の会社を起こして、昨年の11月に思い切って日本で5番目のバイクメーカーを志したのです。
 日本のバイクメーカーはずっと4社できている。それで、今になって新規参入しようなどというのは考えられないわけです。その「プレジデント」の記事で見ますと、こういうことなのです。ヤマハとかホンダが輸出しているバイク、あるいは日本の国内で売っているバイクというのは、グローバルスタンダードと称している。しかし、それは先進国スタンダードに過ぎないというわけです。そういう高いバイクを中国に持っていって売れるはずがない。ベトナムに持っていったって売れるはずがない。
 したがって、中国では当然ホンダとかヤマハのバイクをコピーしたものをつくる。しかし、これは品質に問題がある。大体、先進国スタンダードをグローバルスタンダードと考えることがおかしいのだというのが彼の発想でした。
 むしろローカルスタンダードがあるのではないか。ベトナム・スタンダードがある。中国スタンダードがあるはずだという。それは、20年から30年ぐらい前の日本のバイクで十分だというわけです。頑丈で故障がないものをつくればいい。過剰機能などは一切いらない。
 それで、ベトナム・スタンダードなものを開発して、向こうで仕事を取ってきた。それではパーツはどうかというと、これは中国から買えばいいとなる。上海に事務所を持って輸入する。アッセンブリーはどこでやるかというと、沖縄でやればいい。沖縄には自由貿易地域というのがある。さまざまな税制上の恩典措置や補助金がある。それから、金融機関もお金を貸してくれる。いわゆる制度金融のお金も借りられるというわけです。お金もないという人が新しいビジネスを起こすという場合、そこは絶好なのです。そのビジネスモデルを見て、三菱商事が出資をした。そして、今度はベンチャーキャピタルも出資してくれた。
 それでスタートしたのですが、この会社の名前が「スピードインダストリーズ」と言う。スピードというのはキーワードです。それで、先々週私のところに見えたのですが、「そんなローカルスタンダードをやっててもしようがないのじゃないの?」と言ったら、「そうです」と言うわけです。
 結局、今は次の商品開発を考えている。冷凍機付きバイクなのですが、それをブレークスルーしようということで、ヤマハを辞めた人たちを集めて開発チームをつくっている。結局これから高齢化社会になっていく。そうすると、料理の宅配が増えるだろう。そうすると、これまでのピザの宅配用の車などとちょっと違うということになってくる。
 そこで、冷凍機付きのという話になってきて、ニッチのマーケット、つまり、ヤマハやホンダが入ってこれないマーケット、つまり、ロットもそれほどまとまるわけではありませんが、ある程度高く売れるマーケットに入るということです。パーツ等はほとんど中国から買えばいいという話です。これを沖縄の自由貿易地域でつくればいい。これは、先進国スタンダードでどんどん輸出も出るだろうと考えているわけです。
 こう考えますと、お金もない人がベンチャーを始めようという場合に、非常に有利になる。それで、おそらくこれにサプライチェーン・マネジメントの仕組みを入れていくということです。パーツの購入から製品の生産まで、最終的な物的流通すべてを一元的にコンピュータで管理をする。このサプライチェーン・マネジメントを展開するということです。
 スピードを要求されるならば、じゃあ物流のスピードアップも考えられるだろうというわけです。
 そしてもう1つ、レキオス航空という沖縄の航空会社が来年4月からスタートします。これは東京と那覇をつなぐのです。既に会社はできているのですが、この会社を起こした企業家がたまたま法政大学のOBだった。
 そうすると、スピードインダストリーズとこれはくっつくのではないかというわけです。レキオス航空は、昼間は東京ー那覇便を飛ばすわけです。ボーイングのB767です。そして、夜は物流に使おうと。中国やフィリピン、あるいはマレーシア、ベトナムなどに物流でもって使ってしまおう。24時間フル稼働しようという話です。シートを外して、全部そこにバイクを積んでしまおうという話です。
 それで、このバイクメーカーのほうはコスト的に一体それで採算が合うかどうかということで、こっちもやはりぎりぎり計算するわけですから、どうなるかわかりませんが、要するに、スピードが要求されるようなものの物流はそれでいこうということです。
 昔は、バイクメーカーをつくるとか航空機会社をつくるというのは大企業でなければできなかった話です。これを中小企業ができるようになったということです。ネットワーク社会というのは、市場を介して中小企業が分業で結び付くことが可能な時代です。
 したがって、企業としてはコアコンピタンス、要するに、何か得意技というのを集中的に蓄積すれば良く、他の機能はアウトソーシングでネットワークを組めばいいというわけです。  ですから、先ほどのスピードインダストリーズなどの場合には、明らかに小型の冷凍化技術という、冷凍庫をバイクにどう積むかというところに特化して、そこを開発している。そこに専門化していく。資源を全部集中していく。そのほかのことは全部アウトソーシングでいいと考える。
 こうしたネットワーキングというのは、意思決定が早い。中小企業の集まりですから、小回りが効く。しかし、難しいのは、企業家というのは一匹オオカミの方が多いものですから、コンビネーションをどうするのかということが問題になるわけですし、それから、信頼関係をどう築くかという問題が当然あると思います。
 ネットワーク社会というのは、そういう意味では既存の大量生産型の大企業に不利に働くのではないかと感じます。むしろ中小企業にとっては有利な時代が来るのではないか。

ビジネスチャンス:
 3番目ですが、そうしますと、新しいビジネスチャンスがたくさん生まれてくる。つまり、産業構造が歴史的に今、変わりつつある時代ではないか。特に先進諸国にとってはそういう時代ではないかという感じがします。
 2週間ほど前に、私はスイスのザンクトガレン大学に行ったのですが、そこで国際会議がありました。ザンクトガレン大学というところには中小企業研究所がありまして、ヨーロッパでは最も水準が高い中小企業研究所で、そこと学部大学院が連動してビジネススクールをやっています。
 その研究所に私は40年近く前に1度行ったことがあります。さらに10年前にも行っていて、今回3回目だったのですが、「21世紀の中小企業」という報告書を出していました。
 あらゆる角度から数十人の人に書いてもらって、それを編集したものです。スイスとかオーストリア、北イタリア、南ドイツ、それからチェコ、ハンガリーというところはまさに中小企業の社会なのです。もともと中小企業がネットワークを組んでいたような地域なのです。だから、ザンクトガレンにそういう研究所ができるのは当たり前の話なのです。
 今言いましたような地域というのは、逆に言うと、大企業が発展しにくかった地域でもある。そこが今脚光を浴びていて、そこの学者たちを集めてそういうものを出版したのです。
 日本人でこういう現象に昔、着目した人がいるのです。大河内正敏という人で、理研コンツェルンの創始者です。昭和一桁の時代に既にこれに着目してるのです。
 それまでの日本の工業というのは、どちらかというと、財閥がお金を出していて、モノづくりという思想がきちんとしていなかった。外国から進んだ技術を持ってきて、それをこね繰り回せばいいという考え方だったのではないか。むしろ、日本が自主技術を開発すべきではないかという問題提起を大河内さんがしたわけです。それで、モデルとしてスイスを挙げたわけです。これなら日本でもやれる、「農村に機械工業を」と、昭和一桁から二桁の時代に実際に実験もしたのです。長野県とか新潟県にそういう工場をつくらせて、まだ残っているものもある。そのあと、この大河内さんは理研コンツェルンをつくり上げたのです。
 大河内さんという人は旧華族で、子爵なのですが、東京帝国大学の教授だったのです。大変エリートの方ですが、ヨーロッパに留学して、どうも日本人の目からこぼれ落ちたところに目をつけたのです。
 それで、それを科学式工業と呼んだのです。サイエンスとか技術をベースにした工業をもっと日本に起こすべきだと、大河内さんは主張したわけです。
 そして、大河内さんの弟子たちが、その後のリコーを初めとする理研コンツェルンを担っていった。
 こういうことを考えますと、中部ヨーロッパというところに、そういういろいろな中小企業の芽があって、それが、今IT時代にもう1回見直されてきつつあるというわけです。特に、北イタリアなどもそうで、ファッション産業から先端産業までむしろ中小企業のネットワークということを言っています。
 このザンクトガレン大学のシンポジウムで、若い30代の経営者のスピーチを聞きました。ジュネーブの薬品会社の三代目で、帝王学だったのでしょうか、この三代目をボストンのバブソン大学に留学させているのです。バブソンというのは企業家教育では有名なところです。そして、大学院はハーバード・ビジネス・スクールを卒業して戻ってきて、バイオの会社を起こしている。家族経営なのですが、3つの会社を持っていて、そのうち2つが新規事業で、その面倒を見ているということです。
 新しいタイプの家族経営が出てきたなと思いました。そのあとドイツのボン大学に寄ったのですが、ボン大学に中小企業研究所というのがあります。飛び込みで行ったのですが、たまたま所長がいました。その人はドクター・カイザーといい、30年来の知り合いだったので、実際には互いに顔を見合わせて「歳とったな」という話になったのですが、「最近どんなことやってる?」と聞いたら、「工業の家族経営について報告書を出した」と言うので、「それをくれ」と言ったのです。
 ドイツの工業連盟は、日本でいうと経団連に相当するような団体です。もともと大企業中心の団体なのですが、そこがボン大学に調査を委託したのです。それは、大企業の側から見ると、時代が変わったなということを実感している。
 他方では、工業においても、製造業の家族経営でやはり見るべきものがある。しかし、それをどう理解したらいいのかということです。どう解釈したらいいかということで、調査を委託したらしいのです。  しかし、ビジネスチャンスがたくさんあるといっても、ボン大学の調査では、やはり圧倒的な部分というのはサービス産業です。知的サービス産業、あるいはコミュニティビジネスのような福祉関係の分野が多いことは確かです。
 しかし、工業連盟からの委託調査でもあるということで、工業に絞って調べてみると、やはりこれは開発型ということに当然なってくる。開発型で開発成果を生産するということに当然なるし、生産の場合には、やはり独自技術を持っている。
 ドイツにマネージャーマガジンというのがあるのですが、家族経営特集をやっているのです。これはおもしろいなと思って買ってきたのですが、見ていましたら、やはり有利、不利というのを書いてある。有利というのは長期的、戦略的展開ができる、つまり、オーナーだからリスクが負えるということです。しかし、大企業になるとなかなかそうはいかない。
 バブルがはじけたころに、新日鉄に「ちょっと来てくれ」と言われて行ったことがあります。新規事業を何十と始めてほとんど失敗している。なぜ失敗しているかということで、人事部長命令で、各部の課長を集めて横断的に研究会をつくったのです。なぜ失敗したか。そこに来て話をしろというのです。そう言われても、何をやったかを聞かないことには意見を言えないので、「新日鉄は新規事業でどういうやり方をしたのか」と聞きました。
そうしましたら、第1に言えるのは、前人未到の分野が1つもないということです。つまり、どこそこの分野が非常に伸びている。これからも伸びそうだ。しかし、そこでトップで走っているのは中小企業だ。
 そうすると、当社の技術と人材と資金力を持ってすれば、あんなものはつぶせる。そして、そこに出ていくというわけです。しかし、見事に負ける。当社の人材と技術と資金力を持ってなぜ負けるのでしょうかということになったわけです。
 結局、新日鉄では稟議を起こさなければならない。前例がないと通らないのです。だから、どこそこの分野で中小企業がやっているという話になるわけで、非常にその会社が儲かっている。それで、当社の力を持ってすればあんなものはつぶせるとなるわけです。
 それではどうして負けてしまうのかということですが、あなたがたの高炉の回転というのは30年でしょう。と言うわけです。社風が30年サイクルでできている。しかし、中小企業の場合には小さな資本を回転率良く、速く回す。特に先端技術になると、ものすごいスピードでもって変わっていく。ファッションでもそうだ。そうすると、まずスピードで勝てるわけがないでしょう。それから、やはり中小企業で走っている人たちはパイオニアとしてそこに生まれて、必死になって走っている。したがって、開発もやり、ノウハウも持っている。しかもそれは経験知のようなものが非常に多い。後発で入っていったって、それは勝てるわけがない。
 それから、中小企業のオーナーというのはトータルで企業を見ている。生産技術だけわかるが、あとは駄目だというのでは通用しない。財務から営業からトータルで見る。リスクも負う。
 ところが、サラリーマンはリスクも負わないし、トータルで見ることがないでしょう。経理だけなら知ってるよという話ではしようがない。だから、「それは無理ですよ。負けたのは当然じゃないですか。だから、もう1回やり直そうということはお考えにならないほうがいいのではないか」と言って帰ってきました。
 そういうことをいろいろ考えてみますと、家族経営に利点があります。長期的に戦略を持続できる、リスクを負えるということ。それからもう1つは、経営の継続性ということです。

 それからもう1つは、社会に対する説明責任が希薄になりがちである。これは資金調達にも限界が来るということです。株式を公開すれば当然社会に対する説明責任ということになるわけです。それをいかに調和させていくかということに当然なります。
 結論を言えば、とにかく、オーナー 一族が専門家集団として脱皮できれば、家族経営は成功する。つまり、家族の中でできない者は切ってしまう。できるのはどんどん訓練してすぐれた人材にしていく。それから、家族を狭い範囲に限定することもないわけで、息子だけではなくて、甥でも姪でもいい、あるいは姪の旦那でもいいではないかとなります。
 だから、ファミリーベースでありながら実際には専門家集団、機能的な専門家集団に脱皮できれば成功します。イタリアは家族経営が圧倒的に多いのですが、家族経営で成功しているのはほとんどそういうケースです。そういうものが形成できないところは失敗している。
 それからもう1つ、ファミリービジネスであっても、外の血を入れろということです。そういうことでバランスを取ると思うのです。
 今ヨーロッパの中小企業ではそういう家族経営の見直しが起こっている。これはオーナー企業の見直しといってもいいのですが、やはりこういう変革の時代にはそれなりの長所もあるのではないか。もちろん、欠点もあるが欠点をどうつぶして長所をどう伸ばすかということです。
 このファミリービジネスの国際ネットワークも形成されています。日本はまだ入っていませんが、世界48か国で16支部を持っていて、90年にスタートしています。ですから、まだ12年の歴史しかないのですが、国際ネットワークも形成されています。
 これも現代的な特徴だろうと思います。国内を結び付けるだけではなくて、一挙にグローバルなつながりになっている。
 ビジネスチャンスというのはさまざまに変わるだろう。最大の課題は問題解決型、既に起こっている問題を解決するということ。身近な問題あるいは地球規模の問題、さまざまにあると思う。
 20世紀というのはそれだけ問題を積み残したといってもいい。最近、よく持続可能な発展とか循環型社会の形成と言われます。こういうことを考えますと、循環ということ1つ考えても、材料とかエネルギーとかいろいろなところにビジネスチャンスが生まれてきていることも確かです。
 予測の中で一番確実なのは、人口の年齢構成です。高齢化ということを見ますと、高齢化率、65歳以上の全人口に占める比率は日本は最大です。これは、昨年から今年にかけて日本が世界のトップに立ってしまったわけで、これから急速に高齢化率が高まる。
 そうなりますと、福祉の面で、医療とか介護とかさまざまなところで問題解決が要求されてきていることも確かです。しかも、従来のように社会福祉というよりも、市場で解決していかなければならない。要するに、マーケットで解決していくことが相当に多い。そのほうが効率的だし、問題解決もスムーズにいく。
 むろん、行政がやらなければならない福祉の分野もあるし、なかなか市場には乗らない、ボランティアをやらなければならないという分野もあることは確かですが、市場に乗る分野というのも実は少なくない。
 この分野が非常に広範な需要を生んでいることは確かです。それと新技術が結び付いていくことが非常に多い。
 私どもの大学も、医学部がありません。早稲田も医学部がない。生命科学、それから医療の分野などに挑戦しようと思ったら、医学部だけではできない。結局、先ほどの話で、コアコンピタンスということとネットワークという話になります。
 そうすると、私どもの情報科学部と工学部の一番コアになっているところと、どこかの医大と提携すればいい。今、ある単科の医大とドッキングを模索しています。共同研究をどう展開するかということで、何回か会って双方のコアの技術を確かめ合っている。それを結び付けて新しいニーズに対応する。こういうところにニーズがあるのではないかというわけです。
 幸い私どもは総合大学ですから、経営学部にはマーケティングの専門家の先生たちもいるし、その中には、ベンチャーキャピタルの仕事を引き受けて、マーケティングの審査をやっている人もいる。
 それから、私どもの卒業生の中に、大学発ベンチャーに投資をするベンチャーキャピタルを始めた人もいる。それから、先ほどのITPCという1年制の修士課程の卒業生が3人で会社を起こして、非常に特殊なコンセプトの特許事務所をつくった。
 そういうのが全部ネットワークを組めばいいわけで、個別の大学が何も全部抱え込む必要は全くない。考えてみると、いろいろなビジネスチャンスが目につく。それを私どものシリコンバレーの研究所とつなげていくということです。
 ビジネスチャンスというのは、足もとから地球規模まで非常に多様な次元で展開していると思います。
 しかし、この場合よく大学側が陥りがちなのは、シーズオリエンテッドなのです。こういう技術がある、いい技術なのだから、これは必ず物になるはずだと信じ込んでいる教員が非常に多い。
 昨年11月に、産学官連携サミットというのを尾身科学技術大臣の提唱で開いた。それで、大学の学長や大企業のトップの方々が出てきて、私も参加したのですが、どうも長がつく人ばかりの集まりで、ほとんどが技術屋さん主導型の会議になってしまう。マーケットの議論はほとんどされないのです。それで、一体これでいいのだろうかという疑問を持った。
 そして、今週末に今度は京都でもう少し下のレベルで、学部長とかあるいは教授連中が集まって連携サミットを開くことになったのです。そういうものの延長上に、むしろニーズの側から議論することが非常に重要になるだろうということです。
 私どもでも、先ほど言いましたように、ある医大と組もうということで、双方の研究者に1人1枚シートを渡して書いてもらうわけです。どんな得意技術を持っているのか。それはどんな分野に展開できるのか。何をやりたいのか。それから、その場合にどういうパートナー、研究者を期待しているのか。さらに、その先の問題解決、マーケティングだとかファイナンスとかはどう考えているのかというシートを、双方で何十人かに渡して集めて、それからまたその人を集めていろいろな議論をするという段階になっている。
 しかし、今度はテーマがたくさん出てきすぎて、それをどう絞るかとなってくる。これは数人でトップダウンでやっていかざるを得ないと思っています。多分、皆様方はこういった大学の経験より、もっと進んだことをとっくに会社相互でやっておられるのだろうと思います。

ビジネスモデル:
 それから最後に、ビジネスとして展開する場合に最近よく使われる言葉で、ビジネスモデル、新しいビジネスモデルということが言われる。これが言われるようになったのは、多分、古いビジネスモデルというのは工業化時代のビジネスモデルなのです。
 だから、日本の大企業の機能別組織、ピラミッド型、それから日本的雇用慣行とか系列とかは、日本の得意とするビジネスモデルだったのだろうと思うのです。
 ところが、シリコンバレーで90年代にIT産業が立ち上がってくると、全く違うパターンの企業です。例えば、成長企業、マイクロソフトにしてもインテルにしても、サンマイクロシステムズ、シスコシステムズ、どれをとっても完成品を全部やっているところはどこもない。インテルはCPUしかやっていない。
 だから、結局はみなコアコンピタンスにして組んでやるということになる。そうすると、開発型企業ばかりになってしまう。それでは駄目だということで、加工専門企業というのも当然必要になる。これは日本ではほとんど紹介されていませんが、シリコンバレーには加工屋さんが400〜500社ある。
 それから、アッセンブリー専門メーカーです。有名なのは、ソレクトロンという会社です。これは西村公一さんという日系の人が今CEOをやっています。「どうもシリコンバレーで見込みがありそうなものはアッセンブリーではないか」と言います。部品はもちろん地元でも調達できますが、台湾からでも中国からでもどこからでも世界中から集めることができる。「アッセンブリーも別にシリコンバレーだけではなくたっていいじゃないか」と言うので、世界何十か所に事業所を持ってアッセンブリーをやっている。それをサプライチェーン・マネジメントで展開する。
 「カイゼン(改善)」など、かつて日本が言っていたことはきちんと導入している。しかし、サプライチェーン・マネジメントで非常にフレキシブルな組織を持っている。
 私どもの大学ではシリコンバレー調査を6年前にやったのですが、そのときにホームページを見て、これはいい会社だというところを訪問する。日本からシリコンバレー詣でが多いものですから、大抵はアポイントを取ろうとしても断られる。そこで、我々は逆にいい会社だけに行こうと。こっちで選ぼうということで、ホームページを片っ端から見るのです。それで、「これは」という会社には直接電話をかける。そうすると、秘書は大体トップに取り次ぐ。日本の大学からの電話で、こういう趣旨でという話になると、秘書は勝手に切らないのです。切ると、後からトップにわかった場合には叱られます。トップダウンの会社ですから、すぐCEOにつなぐわけです。電話が通じたら、まず間違いなく会ってくれます。
 そういうことで、ソレクトロンもトップに会いました。それで、日系人だと。「ルーツはどこだ」と聞いたら、「仙台と聞いているが、わからない。ルーツを探したい」という話だったのです。じゃあ我々で探してあげましょうと、これはすぐにわかりました。
 次に、彼らが日本に来たとき仙台に連れていって、いわゆる感激の御対面という話になった。それで、宮城県と話がついて、中新田(ナカニイダ)町のソニーの工場をソレクトロンが買収する。そして、ソニーの製品をそこでつくるということになったわけですが、これもサプライチェーン・マネジメントの一環に入っている。
 それから、中国の蘇州にシンガポール政府がつくった工業団地があるのですが、そこのキーテナントがやはりソレクトロンです。したがって、中新田の工場を立ち上げたときには、西村さんから私のところにも礼状がきました。  それから、昨年9月11日のニューヨークのテロのときも、グローバライゼーションで展開している会社ですから、こちらは大変心配しました。お見舞いのメールを送ったら、すぐ返事が返ってきて、「大丈夫だ、心配するな。手は打ってある」ということで、実際には影響はあったようですが、手は打ってあったということです。
 ソレクトロンなどを見ていると、実に見事なビジネスモデルをつくっている。IT時代の新しい仕組みです。要するに、企業間関係です。企業間関係に着目したビジネスモデルが、最近ビジネスモデルとしきりに言われる理由です。
 先ほどのスピードインダスリーズなどを見ていても、ニッチ分野に出ていってヤマハと競合しない。ヤマハからスピンオフした人たちを集めているのですが、敵対関係は持たない。といって、協力するのでもないでしょうが。
 それから、特許を取ろうと思ったら、バイク専門の特許事務所がある。ヤマハとかホンダとか、ありとあらゆる技術に詳しい。やはりそういうところを使わないと駄目です。どうやってガードするかということにもなってくる。
 そうすると、特許関係はそこだとか、それから、パーツなどは中国から輸入だとかということです。それで、いろいろな外の力を結集したビジネスモデルを見事につくり上げています。そして、生産拠点を沖縄の自由貿易地域に持っていくとか、実にうまくやる。
 それで、うまくいったら、スピードが要求されるものというのは、先ほどのレキオス航空とドッキングしようかという話になる。それから、逆に今度はレキオス航空の側から見たら、やっぱりエア・ドゥとかいろいろな航空会社を見ていると、なかなか難しいということがわかる。
 そうすると、機材を24時間活用しようと思ったら、昼と夜使うということになる。整備は自分のところでは当然できない。そうすると、全日空にやらせるとか、場合によっては、アジア諸国のどこかに持っていって整備するということも、当然考えられる。「ロジスティクス企業」というコンセプトでビジネスモデルをつくったらどうだろうと考えている。戦略的発想が従来の航空会社とは全然違う。
 しかし、従来の航空会社との関係はどうなるのかということが当然この業界では問題になります。それで、JALとJASの統合ということになっていきますと、全日空は今度は独立系のところが気になってしようがない。
 独立系のところはまた相互に協力ということになる。それで、私がレキオス航空の知念さんという創業者に「HISの沢田さんに会ったらどうか」と言って紹介をして、会ってもらって協力を取り付けたのですが、これもやはり航空業界の中のネットワークということになると思います。
 いろいろな意味でネットワークのビジネスモデルをいかに構想していくかということだと思うのです。それで、イノベーションをやる。構想力だけではなくて、そこで現実にイノベーションを展開するということ。どこが今までの企業と違うのか。それがビジネスモデルに組み込まれない限りやはり通用しないだろうし、またコピーもされるだろうということです。
 それからもう1つは、ビジネスモデルというのはアイデアの優れた人だったら、机の上で考えつくわけです。しかし、イノベーションが加わってくるとそうはいかない。何が必要かということに当然なる。人も集めなくてはならない。
 それから問題は、ビジネスモデルができたからそれでいいというわけではなくて、今度はその事業を展開する事業化能力。これは資金調達でありマーケティングであり、現実に人を動かしていく力ということが問題になる。事業化能力ということが問われるのです。
 そうでないと、結局ビジネスモデルというのは、いかに新しいものを構築しても、「絵に描いた餅」になってしまう。例えば、私どもは私立大学ということであっても、「21世紀の私立大学のビジネスモデル」というのをつくっているのです。これをつくっている大学はおそらくほとんどないのではないか。学校法人の経営者というのはそういう発想すらないのです。
 今朝、たまたま自民党に呼び出されて、「朝食会に出てこい」と言われて、麻生太郎政調会長にこう言われたのです。「今ぐらい私学の学校経営がおもしろい時代はないのではないか」と言うわけです。「自分は麻生セメントをずっとやってきたからわかる」と言うのです。これほど私立大学にビジネスチャンスが到来している時代はない。
 確かに、大学の3分の1ぐらいは定員割れしてつぶれる。これも現実なのです。それから、国立が法人化されてくる。そこと競争しなければならない。これも現実です。しかし、「いろいろなところにチャンスがあるはずではないか。今ほど私学経営というのが楽しいときはないのではないか」と言われて、こちらサイドには数人いたのですが、みんなちょっとしらけたような顔になってしまった。
 大学を単体として考えたら、これは全く駄目で、だから、私どもは大学発ベンチャーに投資をするベンチャーキャピタル、それから、先ほどの特許事務所であるとか、さらに単科の医大であるとか、あるいはアメリカ研究所とか全部そういうもので1つのネットワークを形成して、じゃあコアで東京のヘッドクォーターは何をやればいいのかということを考えているわけです。
 その場合には、どういう人材を張りつけたらいいか。これが一番頭が痛いわけです。企業ですと、そういう人をどこからかスカウトするとかいろいろ可能でしょうが、大学というのはそれは一番やりにくいところでもある。学校法人の中だけで育った職員には到底できない。
 この3年、私の方針で職員採用の3分の1は中途採用ということにしています。30前後のところにターゲットを絞って、中途採用をやる。1人採るというところに何十倍と応募があります。実際に、毎年数人採っておりますが、予想外の人が来ます。今年採用したのは、1人は京都大学出身で、第一勧銀にいた人です。それから、早稲田を出て博報堂に入って、退社してきたという人だとか、それからもう1人が法政出身で、外資系の銀行証券を渡り歩いたちょっと日本人離れした男とか、毎年こういうタイプの人たちを新規に採用している。
 これはこれで古い人たちにつぶされないように、今度はその人たちのネットワーキングを組織の中につくっています。これも目に見えると具合が悪いですから、見えないようにしてやるとか、いろいろな手を打っています。それから、IT研究センターをつくって、そこに客員教授、招聘教授という形で企業の人たちに協力してもらうということをやっています。それのカウンターパートがシリコンバレーの研究所ということになっている。既存の大学の枠組みの中ではできないことをどんどん進めている。当然学内から猛烈な反発もありますが、結局、最終的にはやらないとつぶれるよと言うしかないし、これまた現実です。
 したがって、私どもの大学は志願者の増加率は日本一です。ダントツで伸びています。ですが、ちょうど刑務所の塀の上を歩いているようなもので、どっちに落ちるかわからないということです。
 今の日本の優良中小企業も同じような状況ではないでしょうか。10年20年という長期的なタームで見たら、やはり先のことはわからない。常に先手を打たなければならないという感じがします。そういう意味では、経営者にとっては大変な時代が来たと感じます。
 私も、学校法人法政大学の理事長という、経営者になっています。60を過ぎてから経営者になるというのはいかに辛いか、その点、皆様のほうがはるかに状況がいいのではないかと思います。
 したがって、今日何かお役に立つようなことを到底申し上げられるような立場ではございませんが、あえて申し上げた次第です。
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